大阪高等裁判所 昭和24年(ネ)22号 判決
被控訴人が控訴人に対し堺市北三国ケ丘町八丁二四九番地上木造瓦葺二階建住宅一戸を明け渡すことを命ずる。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、控訴人の方で、本件賃貸借契約には本件建物を第三者に転貸したり他人を同居させない旨の特約があつたのにかかわらず、被控訴人は控訴人の承諾を得ないで昭和二十一年十一月以降長期間にわたつて小野太郎に本件建物の二階全部を賃料月十八円で転貸し同人とその家族を同居させているので、控訴人は昭和二十三年十二月三十日被控訴人に対し右無断転貸と同居との二個の特約違反を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の通知を発し、その通知は翌三十一日被控訴人に到達したので、同日限り本件賃貸借契約は終了した。仮に右理由によつては賃貸借契約は終了しないものとしても、本件賃料は控訴人方に持参支払うべきものであるにかかわらず、被控訴人は昭和二十二年四月一日から昭和二十三年十二月末日までの賃料を支払わないので、控訴人は同月三十日被控訴人に対し右賃料を昭和二十四年一月三日までに支払うべく、右期日までに支払のないときは右契約を解除する旨の通知を発し、その通知は昭和二十三年十二月三十一日被控訴人に到達したが、右期日までにその支払がなかつたから、右契約は昭和二十四年一月三日限り解除により終了した。もつとも、同月十四日に至り被控訴人が右賃料額を供託したことは認める。更に仮に右契約解除が効力を生じなかつたものとしても、被控訴人は昭和二十五年一月一日から同年七月末日まで一ケ月百八十円の割合、同年八月一日から昭和二十六年六月末日まで一ケ月六百六十円の割合による賃料合計八千五百二十円の支払をしないので、控訴人は昭和二十六年七月十三日被控訴人に対し右賃料を同月二十日までに支払うべく、右期日までに支払のないときは右契約を解除する旨の通知を発し、その通知は即日被控訴人に到達したが、右期日までにその支払がなかつたから、右契約は同月二十日限り解除によつて消滅した。もつとも、同月三十一日に至り被控訴人から右八千五百二十円の支払を受けたことは認める。更に仮に右契約解除が効力を生じなかつたものとしても、被控訴人は昭和二十六年七月一日から同年九月三十日まで一ケ月六百六十円の割合、同年十月一日から昭和二十七年九月三十日まで一ケ月九百六十円の割合による賃料合計一万三千五百円の支払をしないので、控訴人は同年十月四日被控訴人に対し右賃料を同月十二日までに支払うべく、右期日までに支払のないときは右契約を解除する旨の通知を発し、その通知は同月七日被控訴人に到達したが、右期日までにその支払がなかつたから、右契約は同月七日限り解除によつて消滅した。家賃統制額の改訂による賃料の増額請求は形成権であつて、賃貸人から一方的に賃借人に通知することによつてその効力を生ずるものであると述べ、
被控訴人の方で、賃貸借証書に不動文字によつて同居禁止の記載があつたとしても、被控訴人はこのような約定をしたことはない。被控訴人がその姉の夫小野太郎に同居させたとしても、小野太郎は本件賃貸借契約の保証人で契約の当事者であるから単なる第三者の同居と同一視することはできず又住宅不足の著しい当時のことであるから、右条項に違反するものということはできない。被控訴人が控訴人から昭和二十三年十二月三十一日及び昭和二十六年七月十三日控訴人主張のような通知を受け取つたことは認める。しかしながら、昭和二十六年七月十三日の催告及び条件附契約解除の主張は、控訴審の終結に近ずいてから提出せられたものであつて時機に後れたものである。本件賃料は取立払の約定であるのに控訴人からその取立に来ないから被控訴人に遅滞の責任はない。家賃統制額の改訂は家賃の公定価格の最高限界を改訂したものであつて、一方的に一律に最高限度までの増額を認めたものでない。賃料はその建物の具体的事情に応じて定められるべきものであるから、正当な額は双方協議の上でこれを決すべく、協議の調わないときは裁判所により定められなければならない。従つて協議の調つていない本件においては、控訴人主張の催告に係る賃料額は過大であつて、解除の効力を生じない。昭和二十三年十二月三十一日の催告は年末の十二月三十一日から年始の正月三日までを期間と定めたもので右期間は相当でないから、右催告はその効力を生じない。被控訴人は右催告に係る賃料を控訴人に提供したが受領を拒まれたので、昭和二十四年一月十四日これを供託した。被控訴人は昭和二十六年七月十三日の催告を受けた当日から社用のため福井、石川、富山、新潟、岐阜の各地に出張し、同月二十八日帰宅するまで右催告到達の事実を知る機会なく、従来に比し著しく増額せられた催告の金額が正当かどうかを調査するに一両日を要し、同月三十一日送金支払をしたものであると述べた外、いずれも原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する。<立証省略>
三、理 由
控訴人が昭和十四年十二月六日その所有する本件建物を被控訴人に対し期限の定めなく賃貸したことは当事者間に争がない。
控訴人は、本件賃貸借契約には本件建物を第三者に転貸したり他人を同居させない特約があつたのにかかわらず、被控訴人は控訴人の承諾を得ないで昭和二十一年十一月以降小野太郎に本件建物の二階全部を賃料月十八円で転貸し、同人とその家族を同居させているので、控訴人は昭和二十三年十二月三十一日被控訴人に対し無断転貸と同居の特約違反を理由として本件賃貸借契約を解除したと主張し、成立に争のない甲第二号証及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、本件賃貸借契約締結に当つて被控訴人は本件建物を第三者に転貸し又は他人を同居させないことを約束した事実を認めることができ、小野太郎が右建物に同居していたこと及び同人が堺市北三国ケ丘町八丁五七六番地の借家から本件建物に移る際六千円を受け取つたことは当事者間に争がないけれども、被控訴人が小野から一ケ月十八円の賃料を受け取つていたとの点については、原審証人西口梅吉、当審証人播磨多喜子の各証言によつてもこれを確認することができず、かえつて当審証人上野節、小野八重子の各証言、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、小野太郎は被控訴人の姉の夫に当り、他に住居があるまで一時的に本件建物の二階に同居しているものであつて、被控訴人に対し賃料を支払つていなかつた事実を認めることができる。なお原審証人西口梅吉、河合喜一、原審及び当審証人前田大蔵の各証言、原審における被告小野太郎本人尋問の結果によると、小野太郎は昭和二十一年十一月堺市北三国ケ丘町八丁五七六番地の借家の賃貸人から戦災にあつた親族に使用させるため明渡を求められ、やむなくこれを承諾し、立退料として六千円を受け取つたものであるが、小野は昭和二十五年八月本件建物から他に移転した事実を認めることができる。右認定事実に基いて考えるに、第三者に対する転貸同居を禁止する特約や民法第六一二条の規定は、賃貸借が信頼関係を基礎とするものであり、賃借人がこの信頼を裏切るような行為をした場合に賃貸人に解除権を与えたものである。従つて賃借人が自己の不自由を忍んで住宅を失つた近親者が住宅を得るまで一時的に同居させたようなことは、終戦後の住宅不足の著しい当時においてまことにやむを得ないところであり、社会通念上何人をその立場においてもその行為をするの外なかつたであろうと考えられるから、賃貸人の信頼を裏切つたものと認めることはできない。被控訴人の右行為を理由として賃貸借契約を解除することは許されないものといわなければならない。
控訴人は本件賃料は一ケ月二十八円であると主張するけれども、前示甲第二号証及び原審証人西口梅吉の証言によると当初の約定どおり一ケ月十八円であつたことが認められ、当審における控訴人本人尋問の結果中一ケ月二十八円に増額せられた旨の部分は適正な手続によつたものでないことは、成立に争のない甲第七号証の一に記載せられた昭和二十五年七月当時の一ケ月百八十円の割合による賃料が当初の一ケ月十八円を基準としたものであることによつてもうかがい知ることができる。又右甲第二号証によると本件賃料は毎月初日これを賃貸人方に持参支払の約束であることが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。
控訴人が昭和二十三年十二月三十日被控訴人に対し昭和二十二年四月一日から昭和二十三年十二月末日までの延滞賃料を昭和二十四年一月三日までに支払うべく、右期日までに支払のないときは右契約を解除する旨の通知を発し、その通知が昭和二十三年十二月三十一日被控訴人に到達したことは当事者間に争がないけれども、正月三日間は一般に取引をしない慣習のあることは明らかであるから、年末の十二月三十一日から翌年一月三日までと定められた催告の期間は不相当であつて、右期間内に支払をしなくても解除の効力は生じないものといわなければならない。ところが当審における被控訴人本人尋問の結果によると被控訴人は昭和二十四年一月六日頃控訴人に対し右延滞賃料千六十円を弁済のため提供したが受領を拒まれた事実を認めることができ、同月十四日被控訴人が右金銭を供託したことは当事者間に争がないから、控訴人はもはや右賃料の不払を理由として契約を解除することはできないものといわなければならない。
被控訴人が昭和二十六年七月十三日控訴人からその主張のような催告及び条件附契約解除の通知を受け取つたことは当事者間に争がない。
被控訴人は右解除の主張は時機に後れたものであると主張し、右主張が昭和二十六年八月二日の当審口頭弁論期日に初めて提出せられたものであることは記録上明白であるけれども、本件訴訟の経過に鑑み、右提出は控訴人の故意又は重大な過失によるものといえず、訴訟の完結を著しく遅延させるものとも認められないから、被控訴人の右主張は採用できない。
家賃統制額の改訂は当然に約定の家賃の増額を来すものではないけれども、当事者間において予め家賃統制額の改訂に伴いこれに従つて約定の家賃が増額せられる旨の約束をすることを妨げるものでない。ところが成立に争のない甲第六号証、第七号証の一、二、第八号証、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人が昭和二十四年一月十四日供託した家賃は、昭和二十二年四月一日から同年九月末日まで一ケ月十八円の割合、同年十月一日から昭和二十三年九月末日まで一ケ月四十五円の割合、同年十一月一日から昭和二十四年一月末日まで一ケ月百十二円五十銭の割合であり、被控訴人が昭和二十六年七月三十一日控訴人に送金支払をした家賃は、昭和二十五年一月一日から同年七月末日まで一ケ月百八十円の割合、同年八月一日から昭和二十六年六月末日まで一ケ月六百六十円の割合であつて、それぞれ、昭和二十二年九月一日物価庁告示第五四二号、昭和二十三年十月九日物価庁告示第一〇一二号、昭和二十四年六月一日物価庁告示第三六八号、昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号に定められた修正率に従つたものであることが認められる。(もつとも昭和二十二年九月一日物価庁告示第五四二号は同年九月一日から施行せられたのであるが、被控訴人が同年十一月一日から修正増額の計算をしているのは右修正が十月一日から効力を生じたものと誤解したためとも認められ、昭和二十三年十月分七十四円五十銭は八十円七十一銭の誤算と認められるから、右認定を妨げるものではない。)このように修正家賃額に従つた賃貸人の家賃の支払催告に対し、特に異議を留めることなくこれを支払つたような場合には、反対の事情の認められない限り、将来家賃統制額の改訂が行われるときはこれに従つて約定の家賃が増額せられる旨の暗黙の合意が予め成立しているものと認めるのを相当とする。
従つて被控訴人は控訴人に対し昭和二十六年七月十三日の催告に記載せられた昭和二十五年一月一日から同年七月末日まで一ケ月百八十円の割合、同年八月一日から昭和二十六年六月末日まで一ケ月六百六十円の割合による家賃合計八千五百二十円を支払う義務があることは明らかである。被控訴人が右催告に定められた同年七月二十日までに右家賃を支払うことなく、同月三十一日に至りこれを支払つたことは当事者間に争がないけれども、当審証人北原弁一の証言、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は右催告を受けた頃からその雇われている店の用務のため名古屋、金沢方面に出張し、同年七月二十八日頃帰宅するまで右催告の事実を知らず、帰宅後催告に係る金額について調査の上同月三十一日支払をしたものである事実を認めることができるから、被控訴人が同月二十日までに支払うことができなかつたのはその責に帰すべからざる事由に基くものであつて、右契約解除はその効力を生じないものであることはいうまでもない。
当裁判所が真正に成立したものと認める甲第九号証の一、第十号証の一、二によると、控訴人は昭和二十七年十月四日被控訴人に対し昭和二十六年七月一日から同年九月三十日まで一ケ月六百六十円の割合、同年十月一日から昭和二十七年九月三十日まで一ケ月九百六十円の割合による家賃合計一万三千五百円を昭和二十七年十月十二日までに支払うべく、右期日までに支払のないときは右契約を解除する旨の通知を発し、その通知は同月七日被控訴人に到達した事実を認めることができ、右家賃は昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号、昭和二十六年九月二十五日物価庁告示第一八〇号に定められた改定額の範囲内であることが認められるから、前同様暗黙の合意により約定賃料額は右限度に増額せられたものであり、被控訴人はこれを支払う義務があるものといわなければならない。ところが被控訴人が右期日までに支払つたことについて何等の主張立証はないから、右契約は昭和二十七年十月十二日限り解除せられたものと認める。
そうすると、被控訴人は右建物を占有する権限がないこととなるから、所有権に基き被控訴人に対しその明渡を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものであつて、原判決中これと同旨でない部分は民事訴訟法第三八六条によりこれを取り消すべく、訴訟費用の負担について同法第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)